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第四章 天女、翻弄 + 3 +

last update Last Updated: 2025-06-03 06:33:55

 桜桃を女学校へ送り込んだ後、湾は小環が言っていた陸軍駐屯地に立ち寄り、一晩を過ごしてから富若内港にやって来た海軍定期船に乗せてもらい帝都へ戻ってきた。そこで知らされたのは義理の妹、実子の死と、空我家の御曹司と藤諏訪家の令嬢との間で決められていた縁談が白紙撤回されたというどちらも寝耳に水の出来事だった。

 実子の死は愛妾の娘を殺そうとして暗殺者を雇った罪に苛まれた末の自殺として片づけられていた。

 遺体は憲兵に調べられた上で実子の実家である川津家に渡され、荼毘に付されており、湾が戻ったときにはすでに骨で、気高い彼女の面影はどこにもなかった。自分が帝都にいない間に片づけた当主であり義母になる蒔子の手腕の良さには舌を巻いてしまう。問い詰めてものらりくらりとかわされ、そちらこそ何をしていたのだと逆に攻撃され、這這の体で父が暮らすこの明時宮(あかときのみや)に逃げて来た湾である。

 皇一族の血統を欲していたくせに、跡取りもできないまま米子が死んだことで蒔子は湾を邪険にしている。それでもいまは尊ぶべき皇一族を脅かす天神の娘を滅するのが先だと湾の行動には目を瞑っているようだ。これで自分が桜桃を北海大陸へ送った張本人だと露見した日にはいくら自分が皇一族出身だからといえ、殺されてもおかしくはないだろう。

 そのことを名治は知っているから、これ以上関わらなくてよいと言ってくれているのだ。

「とはいえ、黙ってじっとしていることはお前にできないだろうし……」

 しおらしくなってしまった湾を前に、父皇は優しく告げる。

「お前の甥でもある空我侯爵の息子を見張っていてもらおうかな?」

 いま、帝都では襲撃を受けた空我伯爵の後継ぎ息子が藤諏訪子爵令嬢とのあいだに決められていた婚約を解消するという暴挙に出たという報道が注目を浴びている。湾がいない間に彼は彼でとんでもない行動を起こしていたようだ。

「彼が自らの婚約を解消した理由は空我家の襲撃事件が原因とされているようだが、ほんとうは違うとお前も理解しているはずだ」

 ――桜桃だ。

 柚葉は天神の娘である桜桃を誰にも渡すまいと自分自身で動きだしてしまった

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    「!」  猟銃の発砲音に、小環が無言で四季の部屋から飛び出していく。四季もまた、ちからの奔流を感じて立ち上がる。  ――天神の娘が嘆いている。  負のちからが潤蕊に雨雲を寄せ付ける。  このままちからが暴走したら、雪よりも冷たい、天が流す涙のような氷雨が降りだすだろう。「……ミカミ・サクラ」 偽名とはいえよく考えたものだ、と四季は嗤う。  神と同等の存在として崇められ、恐れられた生粋のカシケキクはもはやいない。『天』の血を継ぐ人間はこの大陸中に溢れ、それぞれが三上や見上、御神などという姓を名乗ってはいるが、神と等しいちからを持つ者は残っていないとされていた。土地に縛られる形で神職を務める逆さ斎の一族をのぞいて。 だが、帝都からやって来た男に恋してこの地を棄てた巫女姫、セツは、身に神を宿せる生粋の『天』だった。  小環の傍にいた少女は、その巫女姫の娘。なんのちからも持たない小娘が、純血の天神の娘の娘だからという理由で追い詰められ、その結果、母の故郷である北の大地に足を踏み入れることになるとは、なんたる皮肉。環境の変化に翻弄されながらもようやく彼女はここでの生活に慣れてきたように見えたというのに、さきほどの銃声で、呆気なく壊されてしまった。「ちからを持たぬ天神の娘など、我らカシケキクの傍流と同じ。お前たちも放っておけばよいものを!」 四季は毒づきながら、粟立つ肌を両腕でかき抱く。  四季の周りにいる神々はざわめいている。天神の娘の嘆きを聞き入れるように雨雲が集ってくる。稲妻を彷彿させる騒がしい耳鳴りが四季を苛む。雷雨になるだろう。けれど、常人にはわかりようのない変化だ。ただ、天気が崩れた。それだけのこと。  もはや神々と共存する時代は終わったのか? だからこの大陸に春はやって来ないのか?「くだらない」 天女を信じて神の血縁である神皇に嘆願した『雪』も、天女を見限って神嫁にすがる『雨』も、神に媚び諂っているだけだ。  四季の祖先は『天』に繋がりを持ちながらも土地神のいない椎斎にいた。その後、神

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